第1章  材料の強さとは

1.1 いろいろな材料
 
 私達のまわりには,生活に必要な道具,家庭電化製品,自動車,建物などいろいろなものがあり,科学技術の進歩のお陰で生活を便利で豊かなものにしています。これらはいろいろな材料を加工することによって作られています。材料の研究は基礎的な研究分野ですが,新材料の開発は技術革新をもたらします。例えば,半導体材料の開発により,コンピュータが驚異的な速度で進歩し,インターネットの普及,IT革新を等もたらしています。新材料の研究開発は,機械工学,電気工学,土木工学,建築工学等の工学をはじめ,その他のすべての学問分野におよんでいます。材料は,金属,半導体,セラミックス,金属間化合物,アモルファス,高分子材料,ガラス材料,コンクリート,複合材料などの人工材料が一般的ですが,最近は,自然界にある生物から取り出した材料も盛んに使われるようになりました。
 
 また,使う立場から,大きく分けますと構造材料と機能性材料に分けることができます。構造材料は、機械の部品や構造物の部材等に使用される材料で、力や重量(荷重)が作用するところ使われる材料です。機能性材料はその材料が有する機能が重要で、半導体材料や光触媒等が代表的なものです。

 材料には,物理的,化学的,電気的などのいろいろな性質がありますが,材料の強さを考えろ場合は,力が加わったとき,どの程度変形し,どの程度の力に耐えるかなどの,材料に力が作用したときに示す性質,機械的性質,力学的性質が主として関係します。物理的,化学的などの観点から材料を考える場合と異なるのは,作用する力と部材や部品の形状・寸法が必ず関わってくることです。機能性材料の場合は機能と組織の大きさ、物理的、化学的性質が重要になってきます。
 
1.2 金属材料
 
 工業的に最も多く使われている材料が金属材料です。この点から古代より重要な材料となっています。材料の強さという領域では,学問的にも理論的にも最もその挙動が解析されている材料です。以下、このような観点から金属材料を中心として解説を進めていきます。
 
1.3 材料の強さ
 
 機械の部品や構造物の部材が荷重に長期間耐え,その形を保って,壊れることなく安全にその機能を発揮するためには適切な材料とそれらの形状と寸法を与える必要があります。そのために、材料力学では使用する材料の強さを考慮したうえで,作用する力と部品や部材の形状・寸法との関係を明らかにします。また,材料力学では,材料の強さとして,変形が大きいと機械の精度などが保たれない場合は降伏応力を,多少変形が許される場合は引張強さを材料の強さとして採用します。いずれも、実験室での引張試験で得られる値です。
 例えば,引張荷重Pが作用する安全な丸棒の直径dの寸法を決めるときの安全なための条件は次式であたえられます。
材料内部に生ずる最大応力σmax  ≦ 許容応力σa
 
この設計計算の際に用いる応力の値を許容応力σ(allowable stress)または使用応力σ(working stress),nは安全係数あるいは安全率(safty factor ,factor of safty)です。
直径dは上式から計算することができます。
 
 「はじめての材料力学」の付録にも書いたように、実際に稼働する機械や装置の設計の際には,使用される環境条件下で強度として何を採用するか考慮すべき点は多くあります。例えば,原子炉の1次冷却水と2次冷却水の間で熱交換を行うステンレス製の細管は、つねに脈流する高圧すなわち荷重が繰り返し作用すします。また、高温状態、腐食条件下で使用され、さらに放射線の影響を受けながら稼働していることになります。すなわち、材料が繰返しの荷重を受け、低温,高温あるいは腐食環境下で使用され、さらに放射線につねにさらされています。

 金属の結晶の物理的または機械的性質は、低温、高温、腐食環境、放射線環境では変化するのが普通であり、さらに,これらの複合条件下で使用される場合には,材料はその性質を,室温の通常の場合と異なり,一般に,強度を低下させる方に変化します。また、後に解説するように、材料には必ず欠陥が入ってきます。降伏応力より低い繰り返しの荷重が作用して生ずる破壊、"金属疲労"はこのような欠陥等から微視き裂が成長して破壊が生じます。従って、設計技術者はこれらの現象を考慮した上で設計することが必要になってきます。このような複雑な条件下においては,材料の強さとして,降伏応力引張強さを採用することは,安全性に問題が生じます。設計の立場から,このような複雑な条件を把握し,対応する使用材料の”適切な強度”を選択するためには、あらゆる環境下における材料の性質の変化を理解する必要があります。

 材料の物理的性質、化学的性質の研究は、物理学や化学および物性学の分野であり、結晶の構造などは金属学の分野であり、機械的性質の研究は、材料力学、構造力学の分野が関係してきます。また、性質の変化は、原子の程度の大きさ(微視的)の視点から、目に見える寸法の大きさ(巨視的)の幅広い視点からの研究が必要となります。このように、いろいろな学問を有機的に結びつけ、より信頼性のある強度や機能性を求めるために生まれた学問が材料科学(Materials Science)です。

 材料科学は、工学、理学はもちろん、医学の分野にまで必要とされている材料に関する総合学問です。多くの材料のうち、金属材料がもっとも多く使用されている材料であり学問も進んでいますので、金属を例に、金属の機械的性質(力が加わったときに示す性質)を解釈するのに必要な基本的知識から解説します。
図1 どの程度の尺度で材料を観察あるいは研究するか
 
1.4 原子の構造と金属結合
 
 すべての原子は,正の電荷を持つ陽子と電荷を持たない中性子から構成される原子核とその周りを回る負の電荷を持つ電子から成り立っています。陽子の+電荷と電子の−電荷が釣り合っています。原子核を中心に一定の規則性のある決められた軌道上を電子は回っていて,軌道は電子殻と呼ばれ,原子核を中心として幾つかの段階に分かれており,それぞれの殻に存在できる電子の数は決まっています。周期律表の0族の原子が,それぞれの殻に配置できる電子の最大数であり,安定な配置です。これらの原子は,電子が軌道上にいっぱいの状態で,他の原子と電子のやりとりはなく,結合したりしません。安定していない原子は,一番外側の電子(最外殻電子)を出したり,他から取り込んだりして,安定な状態,0族と同じ電子数になろうとします。
 
 原子の結合は,NaClのように,Na+,Cl- の2つのイオンの静電気的な力で結合するイオン結合,2つの原子の最外殻電子が両原子のみ共通な電子軌道を動き,お互いに共有することで安定な最外殻電子数になり強固に結びつく共有結合があります。金属の場合は,外側の電子が、各原子から飛び出し,それらが互いに手を取り合って原子を結びつけている金属結合です。2原子間だけでなく,原子全体に共有されるのが特徴で自由に電子が結晶中を動き回るのでこの電子を自由電子と言います。金属らしい性質はこの自由電子のために生まれます。例えば,光が当たって粒子が金属内に入り込もうとしても自由電子にはじかれるために金属光沢を持ちます。熱や電気を通しやすい性質もこの自由電子によるものです。
 
1.5 金属と結晶構造
 
 金属の結晶は規則正しく3次元的に原子が整列し、金属結合をしています。結合の仕方から金属は、強いという性質が生まれます。


図1.1金属の結晶構造
  鉄(Fe)原子の大きさは,2.52オングストローム(Å,1オングストロームは1億分の1センチ),隣接する原子との間隔も同じ値であるので,鉄の上に長さ1cmの線を引いたとき,線上には約4000万個の原子が存在することになります。従って,1cm3の立方体の中には天文学的な数の原子が含まれ,規則正しく並んでいます。その中の少数の原子の並び方を知ることができれば,その金属の全体の配列を論じることができます。
 
 最も基本となる配列を基本単位格子と言います。特徴を表す最小単位の構造,単位胞(unit cell)を考えます。図1.2のように直方体の各隅に原子が配置し,立方格子の場合はa = b = c です。

図1.2 unit cell
 
次に,代表的な3つの結晶構造について述べます。
 
 
体心立方格子 Body Centered Cubic Lattice, B.C.C
 
 体心立方格子(Body Centered Cubic Lattice.略して,B.C.C)の単位胞は,図1.3のように,立方体の各隅とその中心に原子が1個配置し,9原子で構成されています。立方体の1辺の長さを格子定数と言いますが,長さa = 2.78Åです。原子は,実際には各原子球が接触し合う状態で模式図を図1.3(b)に示します。原子は,-273℃でほとんど静止していますが,温度が高くなるにつれて,(a)で示した位置を中心として振動し,室温では振動しています。このため,温度が上昇すると熱膨張を生じます。密度は0.68で,室温の純鉄α-Fe, W, Cr, Moが代表的金属で,比較的変形しにくい金属です
(a) (b)
図1.3 体心立方格子
 
 
面心立方格子 Face Centered Cubic Lattice, F.C.C
 
 面心立方格子(Face Centered Cubic Lattice,略して F.C.C)の単位胞は,図1.4のように,立方体の各隅と各面の中心に1つの原子が配置し,14個の原子で構成されています。 密度は0.74で,Au, Ag, Cu, Pt, Al, Ni, γ-Fe(高温の鉄)等が代表的な金属です。変形しやすく箔に加工できる金属です。

図1.4 面心立方格子
 
 
稠密六方格子 Hexagonal Closed-Packed Lattice, H.C.P
 
 稠密六方格子(Hexagonal Closed-Packed Lattice, 略してH.C.P)の単位胞は,図1.5のように原子が並んでいます。密度は0.74で、面心立方格子の場合と等しく、性質も似かよっているが、面心立方格子より変形しにくい金属です。。代表的な金属は、Mg, Zn, α−Zr等である。

図1.5 稠密六方格子
1.6  結晶面および結晶方向の表示法
 
 原子が並んでいる面,原子面は1つの結晶内で多数の異なった面が考えられる。原子面上での原子の密度や原子間の距離など異なるため,原子面あるいは結晶面によって性質が異なる。実際に,それぞれの結晶面と結晶方向における物理的性質,電気的性質,力学的性質等が異なる。例えば力が作用したとき,変形のため原子が移動しやすい面や方向が存在する。金属の結晶の性質を論ずる場合,結晶面や結晶方向を表示することが必要になってくる。
 
 
面ABCの決め方
 
 A,B,Cにある原子を含む結晶面ABCを考える。図1.6のように単位胞のX,Y,Z軸方向の単位長さ(格子間隔)を,それぞれ,a,b,cとする。OA,OB,OCは,格子間隔の整数倍の長さとなるので
      OA=α・a , OB=β・b , OC=γ・c 
 α,β,γは,+,−の整数で,例えばXの正方向+ ,負方向−とする。

図1.6 結晶面ABC
このα,β,γの逆数の比をとり,次式に示すように,整数化し,簡単な整数比h:k:lで表す。

( h k l ) を面ABCの面指数,ミラーの指数と名付ける。
 
【例題1】 図1.7の斜線の面,立方格子の場合
 立方格子の単位胞の場合 a=b=c であり,y軸とz軸に平行であり,無限遠で軸と交わると考え,β= ∞ ,γ=∞とおく。
     OA=1・a , OB= ∞・b , OC=∞・c
α=1,β= ∞ ,γ=∞を定義式に代入して
  (1/α):(1/β):(1/γ)=(1/1):(1/ ∞ ):(1/ ∞ )=1:0:0
   ∴ (h k l)=(100)
図1.7 図1.8 図1.9
【例題2】 図1.8の斜線の面
 単位胞の場合 a=b=c、OA=1・a , OB=1・b, OC=∞・c(z軸に平行), α=1,β=1,γ=∞
 (1/α):(1/β):(1/γ)=(1/1):(1/1):(1/ ∞ )=1:1:0  ∴ (h k l)=(110)
 
【例題3】 図1.9の斜線の面
  単位胞の場合 a=b=c、OA=1・a , OB=1・b, OC=1・c, α=1,β=1,γ=1
  (1/α):(1/β):(1/γ)=(1/1):(1/1):(1/ 1 )=1:1:1
  
    ∴(h k l)=(111)
 
結晶学的に性質が等しい等価な面表し方
(100),(001), (010)は,結晶学的に性質が等しい
        ↓
      等価な面

  3つの等価な面を指すとき {100} と書く
 結晶内の方向は,図1.11に示すように,結晶軸の原点を通る考えて,その直線上の任意の一点の座標で示す。図の場合,座標(ua,vb,wc) のとき,方向は[uvw]で示す。

図1.11
     
    
   本来、材料力学の初歩的な知識も解説する必要がありますが、この部分は「はじめての材料力学」で解説していますので、これをご覧下さい。