4.4.4 低サイクル疲労
 
 塑性変形を与えるような大きな繰り返し荷重を作用させた場合、10,000 cycle 以下の繰り返し数で疲労破壊する(低寿命)ことから、低サイクル疲労(low cycle fatigue) と呼び、これに対して、降伏応力より低い繰り返し荷重を作用させた場合を高サイクル疲労(High cycle fatigue)と言う。一般に、疲労という場合は、寿命の長い高サイクル疲労を指す場合が多い。低サイクル疲労試験から、以下のように重要な情報が得られる。
 
塑性変形を与えるような荷重を与えるので、応力とひずみの間にはフックの法則は成立せず、制御する量は荷重ではなく(高サイクル疲労の場合は繰り返しの一定荷重振幅を制御)、引張圧縮の変位制御の試験である。
試験片は座屈を防ぐため砂時計型、最小直径部の引張圧縮変位 ±Δd、結果的には、引張圧縮塑性ひずみ ±Δεpを制御していることになる。
 

 
(a)砂時計型引張圧縮用試験片
 


 (b)砂時計型試験片の直径変位制御

図4.34 砂時計型試験片
 
ある大きさの引張圧縮塑性ひずみ ±Δεp1にて繰り返した時に、このひずみを維持するために必要な荷重、応力は、繰り返しひずみ硬化(Cyclic strain hardening)のため、繰り返しと共に上昇し、繰り返し数と共に変化するヒステリシスループは図4.35のように変化する。ひずみ硬化のため、引張、圧縮の制御ひずみ値における応力値は上昇する。このときの応力と繰り返し数との関係は図4.36のように、その後、飽和する。 このときの応力を飽和応力Δσs1と定義する。なお,加工材の場合は軟化して,飽和応力に達する。
図4.35 引張圧縮変位制御の
   ヒステリシスループ
図4.36 繰り返し数と共に変化する
応力の変化と飽和
この引張圧縮塑性ひずみ ±Δεp の大きさを ±Δεp2 、±Δεp3 、±Δεp4 ・・・ のように変えて実験し、対応する飽和応力Δσs2、Δσs3 、Δσs4 ・・・・を求める(図4.37)。
 
制御塑性ひずみΔεp と飽和応力Δσs の関係を、図4.39のように両対数で表すと、直線にのる。

                   

     σo : 材料定数,  β: 繰り返しひずみ硬化指数 Cyclic strain hardening factor
 
  この式を繰り返し応力−ひずみの関係(Cyclic stress-strain realation) と言う。静的荷重の場合は、単純引張試験で得られる応力−ひずみ曲線から得られる応力とひずみの関係でよいが、変動する荷重の場合は、塑性領域中の応力−ひずみの関係式は、ひずみ硬化が終了した段階では上式で表すことができる。
 疲労き裂先端における塑性域中の、諸現象の解析をする場合、応力ーひずみ関係式は上式を用いるわけであるが、この式における材料定数、繰り返しひずみ硬化指数βが重要な意味を持ってくると考えられている。
図4.37 繰り返しひずみ硬化 図4.38 繰り返し応力−ひずみ関係
  

図4.39 繰り返し応力−ひずみの関係
 β=0.212 ,定数σ=92.9 ,SS400
具体的なデータは別ページ「繰り返し応力−ひずみ関係に及ぼすフェライト結晶粒大きさの影響 」を参照して下さい。
 
低サイクル疲労では、ひずみ硬化の現象は、ほぼ、静引張の場合と同様であるが、最終段階(飽和段階)において、大量に発生した転位が、数ミクロンの大きさの網目状の網糸に相当する部分に転位が並ぶ。これが金属の結晶のように見えることから、亜結晶(sub-structure)と言う。白い部分は無ひずみの状態である。繰り返しの塑性ひずみにより、転位が、to-and-froし、エネルギー状態の高い転位同士がこのように並んだ方が全体として低いエネルギー状態になる結果と思われる。静引張の塑性変形においても、同様の亜結晶が生ずるが、繰り返し塑性変形の場合は、亜結晶の形態がより明瞭に現れる。
 
破壊は、転位密度と変形が最も著しい亜結晶の節点に空孔(void)が生じ、これが成長、連結、疲労き裂化することにより生ずる
図4.40 飽和状態における亜結晶の形成 図4.41 亜結晶に空孔が発生
 
(1). 高サイクル疲労におけるき裂伝播の様式
 
 以上は、低サイクル疲労試験の巨視的関係を示したが、高サイクル疲労における疲労き裂先端の局所的領域では、応力集中のため降伏応力以上になる結果、塑性変形、ひずみ硬化、空孔の発生、連結、主き裂の成長の過程を経て、不連続的なき裂の成長を示す。この塑性領域において、低サイクル疲労と同様な現象が生じていることが分かっており、高サイクル疲労における疲労き裂伝播の理論において、き裂先端の局所的領域での組織変化の様相として低サイクル疲労で得られた情報が適用されている。
 「疲労き裂伝播の不連続性」については別ページを参照
疲労主き裂先端微小塑性変形領域内の現象

き裂先端の微小領域
 繰り返しの荷重による組織変化が生ずる塑性変形領域が形成される。そして、疲労主き裂がある繰り返し数後に、微小領域の寸法に対応するある量だけ成長する。
@ 前回のき裂伝播が完了
A き裂先端領域に応力集中により、塑性変形領域を形成、大きさε
B 繰り返しのひずみ硬化の過程
C 繰り返しのひずみ硬化完了、以後の繰り返しにより、転位は網目状に絡み合い亜結晶(sub structure)形成
D 強度の塑性変形を受け、転位密度が高い節点の箇所に空孔形成
E 空孔が成長し、連結し、微視き裂となる。
F 微視き裂がある大きさに達したとき、主き裂と連結し、εだけ主き裂が成長、き裂伝播完了し、次のき裂伝播のための準備期間に入る(Aにもどる)。A〜Eが疲労き裂伝播のための準備期間に相当する。別ページ図4.28に示すように、準備期間はき裂先端領域の応力状態から、主き裂が小さいときは長く、主き裂が長くなると短くなると考えられる。


図4.43 疲労き裂伝播の過程
 
膨大な疲労に関する研究論文があるにもかかわらず、疲労の現象を統一的に説明できる理論は明らかにされていない。
疲労破壊を防ぐことは、影響するパラメータが多く、難しいので、航空機などは、き裂伝播速度の遅い材料を使い、定期点検により、き裂を発見する方法を採っている。
 
(2) 低サイクル疲労の評価  塑性ひずみと破断寿命の関係
  
 高サイクル疲労の場合は,応力振幅と寿命の関係は、応力振幅と寿命の関係、SーN曲線で評価したが,低サイクル疲労の場合は 塑性ひずみ幅△εと寿命Nで評価する。この量の間には,両対数でプロットしたとき直線になり,Manson-Coffinの式(マンソン−コフィンの式)が成り立つことがわかっている。

                  α,C : 材料定数

 
図4.45 塑性ひずみ幅△εと寿命N の関係
                Ncはき裂発生繰り返し数,SS400
 塑性ひずみ幅△εと破断寿命Nf、裂発生繰り返し数N との関係を調べた結果,両者ともに, △ε−N,△ε−N のいずれもの関係も直線に乗り,指数関係,いわゆる,Manson-Coffin の式が成立することがわかる(図4.45)。