材料の強度と破壊トップページ>第4章 破壊 ぜい性破壊

4.3 ぜい性破壊(Brittle fracture)

 1938〜1940年にベルギ‐のアルバ-ト運河にかけられていた溶接鉄橋が冬季の低温にて突然脆性破壊して運河に落ちこんだという事故が2回ほどおこっている.ついでアメリカでは第二次大戦中約5000隻の商船が全溶接で多量生産されたが,1943〜1946年聞にその約20%(約1000隻)が脆性破壊してそのうちの十数隻は船体がま二つに割れて大きな問題をおこした。この破壊も静荷重のもとで突然大音響を発して瞬間的に終っている。その他、ガスタンク(1943年),大形油貯蔵タンク(1943年),高圧ガス輸送管(1948年)などにもおこっている.これらの脆性破壊は冬季に発生しているということからみても,鋼材は低温切欠き脆性破壊の例であると考えられている。
(1). 一般的特徴

破壊以前にほとんど塑性変形をともなわない。
特定の条件下で生ずる(低温,衝撃荷重,切欠き)。
低温の低炭素鋼,ガラス,鋳鉄等の材料に生ずる破壊。
き裂伝播は高速である。
破面は平滑で,へき開面に沿って生ずる。電子顕微鏡写真では川模様,リバーパターン(River pattern)が観察される。

図4.7 リバーパターン(River pattern)
 はるか沖地震で破損した体育館のブレース、 SS400材
 
(2). 温度の影響,0.23 %炭素鋼の場合1)
 
 横堀らは、0.23%炭素鋼を用いて、温度を極低温から室温まで変化させ、引張試験を行い、破壊応力、上降伏応力、下降伏応力、繊維状破面の割合、断面収縮率、微視クラックの生じた結晶粒%を調べている。特徴的な6つの温度範囲があることを示した。
 
(a). A領域T>-10℃
 
  局部収縮を伴い,典型的な延性破壊を示し,破面は Cup and corn型であり。へき開面は認められない。
 
(b). B領域 -10℃> T > -130℃
 
 温度が低下するにつれて,繊維状破面(延性破壊)が減少し始める。降伏応力は増加する。局部収縮を伴うが,破壊は試験片中央の局部収縮部に繊維状クラックとして発生し,これが環状をなしたへき開型に変化してついに全体の破壊にいたる。繊維状クラックの割合が50 %に相当する温度を延性遷移温度Tdという。延性からぜい性に材料の性質が変化する温度である。この場合は,Td = -130℃である。

図4.8 破面 
(c). BーCの境界 -130℃

破壊応力と断面収縮率が急減する。繊維状破面の割合はほぼ0となる。
(d). C領域 -130℃> T >-160℃
 
 破壊に先行する微視クラック数が温度の低下とともに増加する。破面はへき開型で断面収縮率が0ではなく,塑性変形がまだ存在する。
(e). D領域 -160℃> T > -180℃
 
 降伏応力と破壊応力はほとんど等しくなる。しかし,降伏は破壊以前に観察される。
(f). E領域 -180℃> T > -200℃
 
 へき開型破壊である。最初に発生したクラックが最終破壊に達する。
(g). F領域 -200℃ > T
 
 降伏応力以下で破壊が生ずる。完全ぜい性破壊。塑性変形は全然観察されない。双晶が観察される。
C,D,E領域はすべりがへき開破壊の支配的因子、F領域は,双晶が支配的因子となる。
 
(3). 温度の影響--------衝撃試験の場合
 
 温度を変化させた衝撃試験の結果から,延性遷移温度を知ることができる。次の図4.10は、試験温度を変化させると衝撃吸収エネルギーと破面形態がどのように変化するか示したものである。温度が低下すると共に、平滑領域が拡大し、延性から脆性に性質が変化することを示している。


図4.9 シャルピーの衝撃試験機

図4.10 炭素鋼の温度依存性 S50C,800℃から油焼き入れ、500℃焼き戻し
(a) -85℃,へき開破面 (b)50℃、へき開破面と繊維状破面 (c)185℃,繊維状破面

図4.11 破面の様相 材料は図4.10と同じ2)
 
 0.23 %炭素鋼と熱処理したS50C(炭素量0.5%)の温度依存性を調べた。0.23 %炭素鋼の場合は,Td = -130℃,S50Cの場合,Td は室温付近である。加熱すれば延性材料に変化する。このように,材料は一般的に温度によって性質が変化する。
 
表4.1 各金属のへき開面


図4.12 ポリカーボネイトPC材(1%のガラス繊維含有)の応力-ひずみ曲線の温度依存性
(a) 室温25℃ (b) 低温 -192℃
 
図4.13 PC材の引張破面
 
(4). ぜい性破壊の理論----グリフィス(Griffith)の破壊条件
 
 グリフィス(Griffith)はぜい性体(塑性変形しない,ガラスのような材料)の平板に長さ2cのき裂があるとき,き裂半長がcからc+dcまで増すときのエネルギー変化から,ぜい性破壊が生ずるときの条件を求めた。
    L:外力のなす仕事 
    U:板の弾性ひずみエネルギー
    W:き裂の表面エネルギー
 
 き裂が,cからc+dcまで増すときのエネルギー条件
 
       dL+dU+dW=0   (1)

 外力の変化がないとき

       dU+dW=0      (2)

図4.14

弾性ひずみエネルギーの減少が表面エネルギーの増加をまかなうときにき裂が成長を始める】 

 長さ2cのき裂ができたとき解放されるひずみエネルギーは,単位厚さ当たり近似計算の結果、

      U=−πσ/2E   (3)

となり、長さ2cのき裂が出来るときに必要な表面エネルギー,単位厚さ当たり 
 
          W=4γc    (4)

γ:新しい面が出来るために必要な単位面積当たりの表面エネルギー

 
図4.15
(2)式に(3),(4)式をcで微分して代入

                 (5)

                          (6)

●厳密な計算   グリフィスの破壊応力

                    (7)

             グリフィスの破壊応力、破壊条件
 長さ2cのき裂が板に存在するとき,外応力がσに達したとき,き裂は、急速に成長,高速にき裂伝播し、ぜい性破壊が生ずる。
 
 設計時に,負荷応力がσであることが解っているとき,欠陥の大きさが2c以上であると危険であることを示し,溶接部などの欠陥評価の際,材料中に存在するき裂の許される大きさの寸法を与える。
 
■ き裂先端に若干の塑性変形を伴う場合

 き裂先端に薄い層に限られた塑性変形領域を伴う場合、塑性表面仕事γp として、γの代わりに、 γ+γp を代入すれば(6)式が成り立つことが分かっている。γp は、103 γ程度である。
                    (8)
(5). き裂発生のモデル

 結晶境界や介在物に転位が集積することにより、局所的な応力集中が生じ、その結果き裂が発生、破壊に至る。この実験的に得られた結果をもとに、いろいろな研究者がぜい性破壊や延性破壊に導くき裂発生のモデルを提案している。

(a)障害物に集積した転位 (b)障害物に集積した転位
(c)すべり面の交差 (d)介在物などの障害物
                図4.16 き裂発生のモデル

(6). 脆性破壊事故例
タイタニック号の事故 (TV放送から)
氷山と衝突,前部右舷側板の破損,海水の浸水
前頭部水没,船体の重量が片持ちはりに等分布荷重のように作用
引き上げた材料の電子顕微鏡観察→不純物が多くぜい性破壊しやすい材料,事故当時は -2℃の海水温度
コンピュータで,下図の様な条件で,図面をもとに構造解析,破壊箇所と応力が高くなる箇所が一致
現在のように、延性がある材料を使っていれば衝突程度では穴はあかない。変形するだけで済む

 
図4.17 タイタニック号の事故
 
参考文献
1) 横堀武夫,「材料強度学」、岩波書店(1974).
2) 八戸工業大学機械系工学科卒業論文、Vシャルピー衝撃エネルギーCvの温度依存性」、昭和52年、大石勇治、佐藤健誠、山口政嗣君の一部
ぜい性破壊に関する事故調査報告書
地震によるブレースの破損(脆性破面リンク)
漁網取り付け金具の破壊調査結果について(脆性破面リンク)

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