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10. 炭素鋼の熱処理
 
 機械部品として用いられる鋼は使用状態では硬く,強く,しかも粘り強さに富むことが要求され,これを製作するときには切削加工,塑性加工が容易にできることが要求される。金属材料に対して,希望する性質を与えるために,適当な条件で,それを加熱し冷却することを熱処理(heat treatment)という。しかし、硬く強いという性質と粘り強さに富むと言う性質は相反する性質であるので、熱処理によって組織を変化させ、両方の性質が使用目的に合うように調整する。
 
焼なまし(焼鈍) ----- 焼なましと焼鈍は同じ意味
 
 金属を適当な温度に加熱し,その温度に適当時間保持して後、徐冷する処理を焼なまし(annealing)という.普通は、材料を炉の中に入れたまま、炉の電源を切る。炉が冷却するのと同じ速度で冷却する、いわゆる炉冷である。炉の容量にもよるが60℃/hr程度の冷却速度。
 
成分の均一化
 鋼塊または鋼材中に存在する各種の偏析(材料中の組織や濃度のむら)を除去または軽減するために行なわれる焼なましを拡散焼なまし(diffusion annealing)という。加熱温度は高いほど,時間ほ長いほど効果が大きい。しかし高温度で長時間加熱するとオーステナイトγの結晶粒が粗大化するので焼なましした後、焼ならしなどの方法によって粒の微粒化をする。
 
内部履歴の除去
 金属材料は種々の理由で内部応力、ひずみを生じていることが多い。例えば、材料試験の試験片を作るとき旋盤で削れば、表面層は塑性変形するので残留ひずみが存在する。これは、塑性変形により、大量の転位が発生し、そのまま残ることから生ずる。熱処理しないで疲労試験をするとこの影響を受ける。
 
 また、このような内部応力、ひずみがある材料を切削加工したり,長時間使用していたりすると狂いを生ずる。残留応力を除くために材料をゆっくり加熱して、その温度に一定時間保持し、その後、冷却中にも残留応力を生じないようにゆるやかに冷却することをひすみ取り焼なまし(stress relieving annealing)という。加工された種々の材料試験の試験片は必ずこの熱処理を行う。

 ひずみ取り焼なましは,回復,再結晶を起こさせることである。残留応力は材料を再結晶温度以上に加熱すれば転位が消滅し、新しい無ひずみの再結晶粒ができることによりほとんど消失する。純鉄の再結晶温度は350〜450℃であるから鋼のひずみ取り焼なましは、450〜600℃、1時間半保持程度で行なわれる。
 その他、残留応力は,鋳造、冷間加工、鍛造,溶接,焼入れ,切削などによっても生ずる。
軟化焼なまし
 硬く、切削加工や塑性加工をしにくい材料を軟化させて加工を容易にするために行なわれる焼なまし熱処理を軟化焼なまし(softening annealing)という。その目的を達することができれば,どのような方法をとってもよい。もしも,その材料が冷間加工によって硬化しているものならば,回復(加工前の状態に戻る減少)や再結晶を起こさせれば良く,焼入れによって硬くなっているものならば,普通よりも高い温度で焼もどしをする。
 
球状化焼なまし
 いままでの説明によると,亜共析鋼(炭素量<0.8%)はフェライトと層状パーライト,共析鋼(炭素量=0.8%)ほ層状パーライトのみ,また過共析鋼(炭素量>0.8%)ならば網目状の初析セメンタイトと層状パーライトとから成り立っている。これらに対し特別な焼なましを行なうと,セメンタイトほ球状となり,地はフェライトになる。この焼なましを球状化焼なましという。またこのような組織を球(粒)状セメンタイト,または球状パーライト(spheroidite、spheroidal pearlite,globular cementite)という。層状パーライトに比べ,同じ炭素量のものでも軟かく,切削加工,塑性加工が容易である。層状パーライトは、比較的柔らかいフェライトと硬いセメンタイトが交互に層状をなし、複合材のように強度があり粘り強さも有する。
 軸受鋼や工具鋼などでは球状化焼なましをする。
 
(1) Ac1直下の600〜700℃に加熱し、保持。簡単に球状化
(2) A1以上の加熱、保持後、A1直下の温度に保持これをもう一度繰り返す。
  網目状セメンタイトの一部がγ中に溶け込み,冷却中およびA1直下の温度に保持する間に球状化が行なわれる。
(3) 均一なオーステナイトγの領域まで加熱して、炭素原子Cを一様に分布させ,それから初析セメンタイトや共折セメンタイトが大きく出ないように急速な冷却(焼入れなど)をして,その後。(1)または(2)の方法で焼なましをする。
 
完全焼なまし
 冷間加工または焼入れなどの影響を完全になくすために,均一オーステナイトの領域まで加熱し,これを徐冷することを完全焼なまし(full annealing)という。加熱温度が高ければ,成分の均一化もある程度は行なわれ,十分に徐冷すれば内部応力も除去され,材料は十分に軟化される。完全焼なましをしたものの組織はフェライトと層状パーライト,層状パーライトと初析セメンタイトである。ただ単に焼なましという場合にほ完全焼なましを意味することが多い。
 
 
焼ならし(焼準)----- 焼ならしと焼準は同じ意味
 
 あらい組織の亜共析鋼(炭素量<0.8%)を加熱するときの変化を考えてみるう。A1点までは変化は起こらないが,A1点に達するとオーステナイトγの小粒がフェライトαとセメンタイトFe3Cとの境界の部分に(αは低C量で,Fe3Cは高C量であり,γはその間のC量であるから)無数に現われる。A1の変化およぴA1→A3の加熱中にその数と大きさとを徐々に増し,A3点に達したときには全部の組織が細かなオーステナイトγとなる。α,γの区別をしないでただ結晶粒の大きさという立場で考えれば,組織のあらい鋼をA1,A3を通過させて加熱すると鋼は徽細化されるということができる。

 A3点を越えてさらに温度を上げるとγ粒は急速に大きくなる。大粒のγが小粒のγを取り込み、成長するためである。この現象をオーステナイトγ粒の粗大化(grain glowth)という。粗大化したγを冷却すると室温における組織もあらくなり,強度も低下し、細かなγを冷却すると組織は細かくなり、強度も上がる。またγ状態からの冷却速度が遅いとあらくなり,冷却速度が大きいと細かくなる。
 鋼をオーステナイトγ化し,γ粒があらくならないうちに急冷(マルテンサイト化しない程度,普通は空冷)すると,室温組織が細かくなる。この操作を焼ならしまたは焼準(normalizing)という。炉からオーステナイトの試料を取りだし、空気中に放置しておく空冷。
 異常にあらくなっている組織または焼入れなどを行なった組織などを,正常な組織,つまり、粗くないフェライトとパ−ライトの組識に変えるという意味です。
 
焼入れ(quenching)
 
 鋼をオーステナイトγが存在する領域まで加熱し、この温度である時間保持後、水の中に入れて急冷する熱処理である。
 鋼を焼入れする場合,焼入れによって十分な硬さになること,必要な深さまで硬化することが目的で,焼割れや極端な焼曲り(焼ひずみ)を生じないこと,酸化や脱炭を起こしそのために鋼の性質をそこなわないことなどである。焼入れた鋼はそのまま用いられることはなく,必ず(特殊な場合を除き)焼もどししてから使用される。
 
焼入加熱温度
 鋼をオーステナイトγが存在する領域まで加熱する。普通は亜共析鋼ならばA3線以上30〜50℃,共析飼および過共析鋼ならばA1以上30〜50℃が適当な加熱温度とされている。もしも亜共析鋼をA3〜A1の間の温度から焼入れをすると,その温度で存在するγはマルチンサイト化されるが,フェライトは硬化しないので,焼入れた組織は硬いマルテンサイトと軟かいフェライトとの混合組織となる。

 加熱温度が高すぎると,γの結晶粒が粗大化し,生成されるマルチソサイト組織は,そのため,あらくなり,焼もどし後の粘り強さが劣ることになる。過共析鋼の加熱温度が高すぎると,状態図から明らかなようにγの炭素濃度が高くなり,かなりの量のγがマルチソサイトにならずに室温に達する。このγを残留オ−ステナイト(retained austenite)という。残留γが多量にできると焼入硬さは十分に上らず,また後で述べるような多くの害を及ぼす。また焼入温度が高すぎる場合には,加熱中に酸化や脱炭が起こり,鋼にとって大切な合金元素である炭素Cが失われる可能性がある。

 鋼を焼入れるときの加熱温度としては、例えば、0.37%Cの炭素鋼では850℃くらい,0.85%Cの鋼では780℃くらいが最適加熱温度である。
 
焼入加熱の時間
 焼入加熱する前の鋼はフェライトとパーライト,パーライトのみまたはパーライトと初析セメンタイトである。これを加熱して亜共析鋼ならば均一炭素濃度を持ったオ−ステナイトγに,また過共析鋼ならば球状のセメンタイトとオ−ステナイトγとにしてやるのが焼入加熱の目的である。

 室温における炭素濃度は、フェライトは非常に低く(共析温度でもわずか0.02%である),他方、セメンタイトは非常に高い(6.67%)。このフェライトとセメンタイトとが加熱によって,均一炭素濃度をもったγになるためにはC原子の移動のための時間が必要である。また大形の材料では中心部がその温度になるための時間もかなり必要である。加熱時間が短いと,セメンタイトが残り,また十分にγが生成されないことがある。一方、加熱時間が長すぎると、温度が高すぎるのと同様に酸化や脱炭,γ粒の粗大化などが起こる。
 
残留オーステナイト
 焼入れた鋼を]線で調べてみると,オーステナイトγは100%マルテンサイトに変わるのではなく,炭素鋼では数%〜30%くらいはマルチソサイトに変化しないで,オーステナイトγのままで室温に達する。これが残留オーステナイト(retained austenite)である。

 図1はγ化した鋼を水冷し,引続いて室温以下まで冷却した場合の長さの変化を示したものである。マルテンサイトに変わるための膨張はMs点で始まるが,室温まで冷却したところで終るのではなく,室温以下まで続き,この変化が終れば収縮に移る。この温度をMf点(martensite finishの意味)という。このように,焼入れした鋼を室温以下の温度まで冷却し,残留オーステナイトをマルテソサイトに変える処理を深冷処理(sub−Zero treatment)とよぷ。深冷処理にほドライアイス(−78℃),液休窒素(−195℃),冷凍機(−80℃くらい)などが用いられる。

 残留γが多量に生ずると,焼入硬さは十分に上らない。またこのγは室温でほ不安定な相であるから,長時間使用する間に安定化への変化が進み,そのための寸法変化を起こす(経年変形という)。また、研摩のさいにマルテンサイト化が起こり,そのために割れを生ずることがある(研摩割れという)。



図1 共析鋼(0.8%C)の焼き入れ時の長さの変化、水焼き入れ、
Ms:マルテンサイト変態開始
Mf:マルテンサイト変態終了
 
焼入硬さ
 鋼を焼入れすることによって得られる最高の硬さ(マルテンサイトの硬さ)は,固溶炭素C量によって異なる。図2はこの関係を示したものである。C量が0.6%まではC量の増加とともに焼入硬さが高くなるが,これ以上C量が増してもHRC65以上にはならないことがわかる。
 

図2 焼き入れ硬さと炭素鋼の炭素量の関係
マルテンサイトとマルテンサイト変態
 鋼をマルテソサイトに変化させるためには,まずこれを加熱してγ化し,これを臨界冷却速度以上の速さで急冷しなくてはならない。図1のように、マルテンサイトはその途中Ms(Ar'')点において生成しはじめ,温度降下に伴って次第にその量を増し,Mf点で最大となる。
 焼入最高硬さはC量が増すにつれて,低下し,共折鋼でほMs点は200℃くらい,Mf点は室温以下になる。したがって深冷処理をすれは残留γは分解されてマルテンサイトになり,硬さは上る。マルテンサイトは非常に硬く細かな針状の組織(図3)で,この1本の針ができるのにはわずか10〜7secくらいしかかからないといわれている。またマルテンサイト中のC量ほもとのγ中のC量と等しく,したがって,マルテンサイト変態はパーライト変態とは異なって,炭素原子の移動,すなわち,炭素Cの拡散を必要としない変態である。 マルテンサイトの結晶構造は体心正方晶である。

図3 マルテンサイト 針状組織
焼もどし tempering
 
 焼入れたままの鋼は、非常に硬いが反面非常にもろく,実際の使用に耐えない。焼入れによって、表面と内部の冷却速度の相違等から生じた残留応力もかなり存在する。この残留応力ほ室温に放置すると次第に緩和され,それにともなって寸法狂いを生ずる。一方、焼入れによって生じたマルテンサイトも残留オーステナイトも,ともに不安定な相であるから,使用中または保存中に安定化への変化が進行し,このため割れ,または、変形を起こすことがある。使用目的に応じた適当な硬さと粘り強さとのバランスをとり,不安定な相を安定化し,また,残留応力を除くことによって経年変形や割れを防ぐなどの目的で,焼入れた鋼を適当な温度に再加熱し冷却することを焼もどし(tempering)という。

 焼もどしの温度ほ100℃くらいからA1点直下(γを生じない温度)まで,その目的に応じて適当に選ぶ。 粘り強さを多少犠牲にしても,硬さや耐摩耗性を必要とする場合、例えば,ベアリング,ゲージ,工具などには高炭素鋼を用いて低い温度で焼もどしをする。また、硬さや耐摩耗性がある程度劣っていても,粘り強さを必要とする場合は,Cの少なめの銅を用いて,500℃以上A1点付近までの適当な温度で焼もどしをする。
 

図4 焼き戻しソルバイトsolbite 0.81%C 水焼き入れ後,
 600℃焼き戻し,×400

 

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