材料の強度と破壊>地震により破断したブレース

地震により破断したブレースの破面観察
 
八戸工業大学・工学部 小山 信次  
 
1.はじめに
 
 1994年12月28日に発生した三陸はるか沖地震は大きな被害をもたらした。地震により構造物に使用されるブレースが破断した。ブレースは構造物の変形や強度を補うものである。
 荷重を分担し、主構造物が破断する以前にブレースが変形のひずみエネルギーを吸収し、構造物の変形を緩和する。従って、ぜい性的な材料はきわめて吸収エネルギーが小さいので延性材料であることが必要とされる。
 冬季の夜に地震が発生したことから、低温環境下(−6℃)で震度6の大きな衝撃荷重が鋼材に作用したことは明らかである。
 ここでは、破断した鋼材の破面をSEM観察し、破壊の様相を調べ、鋼材から切り出した試験片を用いて引張り試験を行い、ブレースの機械的性質を調べた。
 
2.実験方法
 
 破面観察は巨視的、微視的観察を実施したが、予め、酸化物を除去するために10%塩酸アルコールにて数秒間酸洗し、顕微鏡試料を切り出した。図1にブレースの断面形状、寸法を示した。また、正常な箇所から図2に示す形状、寸法に試験片を切り出し、98kNのネジ式引張試験機を用い、変位速度5mm/min.で引張り試験を行った。
 


図1 試料断面概略寸法

(a).平滑試験片
 

(b).切り欠き試験片
図2 引張り試験片の形状寸法
 
3.実験結果及び考察
 
3.1巨視的観察
 
 いずれも破断は、構造部材と接合するためのボルト穴から生じており、破断の様相は、ブレースの軸方向と垂直な破面を有するものと傾いた破面を有するものであった。
 図3は、現場の写真,破断部と破断面の写真である。ボルト穴から広がるブレースの軸方向と垂直で平滑な領域と、写真では黒ずんで見える45゜傾く最終破断面の領域からなっている。破面上の条痕の方向から判断すると破壊の起点は円孔と推察される。

  (a) 座屈したブレース1) 

(b) 破断したブレース1)

(c) ブレースの破断面の写真

図3 ブレースの破断写真

図4 破面の模式図
 
 図3(c)の左上部はブレースの軸方向と傾いた破面を有する。破面は、最大せん断応力方向であり、延性破面である。円孔の表面の円周部近傍にはかなりの圧痕が存在し、円孔はかなり変形していることから軸方向以外の荷重が複雑に作用したと思われる。図6に破面の模式図を示した。
 
3.2微視的破面観察
 
 図5は、円孔近傍の低倍率SEM写真である。写真右端は円孔部であるが、幅50μm程度の軸方向とは傾いた破面が存在する。この領域の拡大写真を図6に示した。厚さ方向と45゜をなすき裂が多数存在する。このことから、かなり複雑な荷重が作用したことが推察される。また、図7の拡大写真においては、破面は繊維状破面であり、多数のディンプルが観察される。またき裂と同方向に引き伸ばされたディンプルも存在する。


図5 円孔近傍のSEM写真
 

図6 円孔縁近傍の破面

図7 図6の拡大写真
 
 図8は、平滑な破面領域の写真であるが、典型的なぜい性破面であり、川模様,リバーパターンが観察される。き裂が高速に進展したことが推察される。
 以上の観察から、荷重は図9ように作用し,この荷重により、図10の円孔部のC、D部から延性き裂が発生し,このき裂長さが約50μmに達した後、ぜい性破壊に遷移し、き裂は高速に伝播したものと思われる。
 

図8 平滑破面部のぜい性破面、リバーパターン


図9 受けた荷重とき裂の伝播
 

図10 様相が異なる破面領域
 
 破損したブレースの正常部分から切り出し、試験片に加工し、引張り試験を行った。図11は、図2(a)の試験片の応力ーひずみ曲線である。ぜい性破断を示したブレースも延性破断を示したブレースもほぼ同様な応力ーひずみ曲線であった。引張り強さσ=566 MPa,伸びφ= 32%が得られた。応力ーひずみ曲線の形状、引張り強さσ,伸びφは一般的な構造用材料のものとほぼ同じ結果である。

図11 応力ーひずみ曲線 平滑試験片

図12 応力ーひずみ曲線 切欠試験片
 
 図12は、図2(b)の直径16mmの円孔を中央に有する試験片の応力ーひずみ曲線であるが、応力の計算には円孔のない断面部の面積を用い、ひずみの計算は掴み部の間隔で計算した。明瞭な降伏点は表れず、切り欠きの存在により、かなり伸びが小さい。
 引張り試験より得られた応力ーひずみ曲線の結果から、切り欠きの存在によってかなり伸びが減少するが、破面は延性破面であった。これらのことから、両形式の破断を生じた材料は材質的には一般構造用鋼のものと同じ延性材料と考えて良い。
 ぜい性破断を示したブレースは最初、円孔縁に発生した延性き裂がある大きさに達した後、ぜい性破壊に遷移した。脆性破壊は,低温,衝撃荷重,切り欠きの存在,材質等によって生ずる2)が,この破壊様式が遷移した原因を考察する場合、環境は、冬期間であるため低温、荷重は衝撃的であることを考慮する必要がある。
 両形式の破壊が生じた原因について考えると、ブレースは延性材料でありながら、低温、衝撃荷重の環境下に加え、切り欠きの存在はぜい性破壊を生じやすい条件下にあったことは実験の結果から判断される。
 
3.まとめ
 
 地震により破断したブレースの破面観察とこれらの鋼材から切り出した試験片を用いて引張り試験を行った結果、最初、円孔縁に発生した延性き裂がある大きさに達した後、ぜい性破壊に遷移したことがわかった。また、ぜい性破壊を生じたものは、室温での引張り試験では、延性的な性質を示し破断する。ぜい性破壊を生じた主な原因は、低温の環境下と衝撃荷重、切り欠きの存在が影響したと考えられるので、ブレースのぜい性破壊に対する材質的な向上と接合部分の取り付け方法を改良する必要があると思われる。
 
参考文献
1) 三陸はるか沖地震災害調査委員会、「三陸はるか沖地震災害調査報告」,平成77.
  あるいは,毛呂眞、小山信次, 「地震により脆性破断した鉄骨ブレースの破面」, 八戸工業大学構造工学研究所紀要,第3巻,pp.15-22 (1996.2).

 

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