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「微少量のガラス短繊維を含む非結晶性高分子材料の変形と破壊」
の研究背景について
 
 
1.はじめに  
 短繊維強化プラスチックは高い生産性と経済性に加え軽量かつ高強度という特性を有することから自動車住宅機器船艇などの工業材料として多量に使用されている.またその優れた電気絶縁性電波透過性,耐食性が注目され近年核融合炉リニアモーター車輌などの超伝導マグネットの電気絶縁材料や支持材料航空機宇宙機器の一次構造材料及び低温圧力容器などへの使用が試みられている.しかしながらき裂伝播速度に対する抵抗が小さく強度の点で信頼性に欠ける欠点を有している.また衝撃荷重を受けた場合に母材と強化繊維の剥離による内部損傷を生ずる場合が多い.
  
  複合材料は,一般に,無機物―有機物,無機物―金属,有機物―金属の3種の材料の組合わせから構成される.本論文で用いる材料の場合,無機物(ガラス繊維)―有機物(マトリックス)の組み合わせであるので,以下,この組み合わせの場合について主として述べることにする.複合材料の各構成材料の力学的性質と形態については,マクロ的,ミクロ的観点からの扱いが必要となるが,さらに,ミクロ的には,いずれも両材料の間には固相界面が存在する.また,カップリング剤を用いることにより,両材料は強固に接着することになるが,カップリング剤と母材,カップリング剤と強化材との界面が新たに生じ,これらの界面を分子オーダーで考慮する必要がある.これらの界面において生ずる相互作用の様式が複合材料の力学的性質に大きな影響を及ぼすことになる.したがって,従来より行われてきた研究は,単一材料のものと比較し,より考慮すべきパラメータが多く,多岐にわたっているので,以下,研究対象となっている課題等を整理してみる.
 
 従来より行われてきた複合材料の力学的特性に関する研究は,弾性係数,強度,破壊靱性,疲労き裂伝播特性,破壊機構の解明,フラクトグラフィ的特徴等に分類される.マトリックスの力学的性質,結晶化度や形態の他に熱可塑性か熱硬化性か,結晶性か非結晶性か,高次構造においてフィブリルか,球状か,ラメラ状か,あるいは分子鎖がからみ合いの状態か,交差構造かなどのマトリックスそのものに関する研究と強化繊維の材質,繊維の含有量,繊維の配向性等の強化材に関する研究,マトリックスと強化材の両者の相互作用を考慮する必要がある界面における接着性,カップリング剤の性質,接着強度等の界面に関わる研究に分類される.さらに,温度,ひずみ速度,荷重条件(静的か動的荷重か等),試験環境などの試験条件がすべての影響因子にパラメータとして加わることになる.以上のことをFig.1.1のようにまとめてみた1).以下、図に示される影響因子について従来の研究経過の概要を,マトリックス材料,強化材,界面,力学的性質の順に述べてみる.
 
 マトリックス(高分子材料)の微視的構造と力学的性質に関する膨大な数の研究がなされている.種々の材料に対して様々な分子モデルの変形形態が提案されている2).結晶性高分子材料は高分子鎖が折りたたまれた状態であるので変形を受けた状態ではこれらは引き伸ばされる(Fig.1.2).また,結晶部分と非結晶部分が混在する高分子材料においては,非結晶部分は結晶部分より強度は低い(Fig.1.3)ので,非結晶部分が最初に切れてボイドを生成することになり,バルクの強度を支配すると思われる.したがって,結晶化度が強度に影響を及ぼすことになる.高分子材料の塑性変形はクレイズの生成とせん断降伏である.クレイズはボイドとフィブリルからなり(Fig.1.2未変形部分から分子鎖を引き伸ばしながら成長する.クレイズの発生応力はS.Wu3)により分子鎖の絡み合いの密度Ve1/2 に比例することを報告している.また,負荷応力が作用した場合,変形がクレイズになるかせん断降伏になるかはクレイズ発生応力が降伏応力より小さい場合はクレイズが発生逆の場合はせん断降伏を生ずるとしている.一般には,材料の種類,温度,力学的な拘束条件等に影響される.分子的なスケールにおいては,非晶性のガラス状高分子材料の場合は分子的な構造要因で決まるとS.Wuは指摘している.
 
 
繊維含有率に関しては,複合材の強度σc,繊維の強度σf,マトリックスの強度σm,繊維の体積含有率Vf,マトリックスの体積含有率Vm,複合材の体積Vcの間には,複合則(σcVcfVf mVm)が成り立つことは良く知られている.この式から,複合材の縦弾性係数,横弾性係数そしてポアソン比に関する複合則も導かれる.縦弾性係数,横弾性係数,ポアソン比については種々のモデルの場合に求められている.

Fig.1.1 複合材料に関する研究の概要

  (a)

 (b)
       Fig.1.2 高分子材料の変形とクレージングの模式図

Fig.1.3  非結晶領域と結晶領域
 
 G.J.Weng4)は,円筒形の樹脂の軸方向と平行に埋め込まれた短繊維からなる複合材の場合の弾性係数とポアソン比を求め,繊維長さとの関係を調べている.これらの値は繊維表面で生ずるせん断応力を近似的に解析する場合に必要となる値である.
 
 
射出成型された複合材の層構造と繊維の配向に関する研究も多い.竹田5),6)らは,ポリスチレンとチタン酸カリウム繊維を用い,試験片に射出成形し,結晶性ポリマーはフィブリル状結晶を形成しやすいことを利用し,フィブリルの剥離方向をトレースすることにより,成型時,スキン層,中間層,コアー層に相当する位置における金型内の流動方向を調べた.また,繊維の配向特性をX線解析,偏向付き光学顕微鏡とSEMにより詳細に調べている.彼らの結果によると 外層から順にスキン層,中間層およびコア1,2の4層構造を確認している. 藤山ら7)は,ポリプロピレン(PP)の射出成形の成型品の高次構造をX線回析とSEMにより調べている.スキン層においては,ラメラは流動方向に対して垂直,コアー層ではラメラの配向はランダムであることを述べている.また,結晶化度はスキン層で50%程度,コアー層で63%程度であり,金型に接触することで急冷されるため,結晶化度は表面のスキン層で低く,内部ほど高い.また,スキン層の無定形分子鎖は引き延ばされて緊張した状態にあると推定している.
 
 
繊維強化型複合材料の機械的性質は,繊維とマトリックスの界面特性に強く影響されることから,接着剤の界面特性に及ぼす影響に関する多くの研究が行われている.これらの評価は埋め込み繊維破断試験や繊維引き抜き試験等によって行われるが,萩原ら8)は,繊維表面処理の異なる複合材料を用い,引張試験中での破壊のプロセスを観察,微小格子法により繊維のひずみの測定を行った.接着特性の良い材料では繊維端面の剥離に限定され,繊維が破断し,破壊は繊維端部や繊維破断部の樹脂の微視的破壊の合体により生ずる.接着性の悪い材料においては,ひずみの増加とともに剥離は繊維端部から中央に向かって進展し,引き抜けが生じ,繊維は破断せず,破壊は繊維近傍の樹脂の局部的破壊や界面の剥離部の合体によつて生ずることを報告している.また,ある大きさの応力のところで,繊維のひずみが剥離により急激に低下し,応力が十分繊維に伝達されなくなる. ガラス繊維とマトリックス樹脂の界面特性を向上させるために結合剤とバインダーの両者の表面処理を施し,力学的特性を調べた研究がなされている.菊池ら9)は,ガラス繊維にアクリル/アミノシラン表面処理と酸無水物をラジカルグラフト反応により作成した外部バインダーを用いた材料の引き抜き試験と衝撃試験を行い,バインダーの添加量が多いほど強度と衝撃値が上昇する結果を得ている.
 
 界面近傍のマトリックスはバルクの高次構造と異なる特殊な層、中間層が形成されるとのB.Möginger10)らの報告がある.彼らは,射出成形されたガラス短繊維を含む結晶性の程度が異なる熱可塑性ポリマー,PC(amorphous),PBT(semi-crystalline),PA6(semi-crystalline),PA66(semi-crystalline),LCP(liquid crystalline)の結晶形態と引張破面の関係をSEMにより詳細に調べている.PBT,PA66の結晶化の過程で,繊維が結晶核のような作用をし,繊維表面に対して垂直にラメラ構造が成長しFig.1.4,また,繊維端面方向から見ると繊維を中心に放射状に成長するモデルを提案し、SEM写真を対比させて示した.ラメラの幅は,0.01μm程度である11)のでラメラ構造は繊維軸方向に沿って,ある間隔をなして並ぶことになる.各々のラメラ間は,アモルファス構造になり,この部分は強度は低くなり,破壊以前にこの層に沿ってき裂が生じ,破面は繊維を中心としてクシ状模様となる.この様相は非結晶であるPC材においても観察している.したがって,繊維近傍の母材の構造は,繊維の存在しない領域とは異なる構造になっているとしている.界面近傍領域は物理的・化学的に構造の異なる中間相(Interface)とでもいうべき特殊な領域が存在することになる.この中間相領域の構造は,複合材料の界面せん断強度に影響する.

Fig.1.4 ガラス繊維が核となってラメラ構造が成長
 
 複合材料の力学的性質に与える界面強度の影響は大きいことから,界面における力学的性質を定量的に求める研究は多く試みられている.複合材料の界面の応力分布を解析する基本的なモデルとして,マトリックス中に一本の繊維が埋め込まれたモデルを用いる場合が多い.このモデルに荷重が作用したときの繊維とマトリックスの界面の応力分布は,弾性解析法,弾塑性解析法,有限要素法による数値解析,光弾性モデルによる実験的手法等により研究されている.解析的手法は,複合材料の幾何学的形状からきわめて複雑な計算が必要となることから,繊維と界面を単純化して解析したモデルがある.
 
 マトリックス樹脂から繊維の引き抜けの応力解析も多く行われている.P.Lawrence12)は,マトリックス樹脂に繊維の半分が埋め込まれたモデルについて,繊維表面に生ずるせん断応力分布,引き抜け荷重,剥離が生じた場合の繊維の応力分布を計算している.A.Takaku13)はマトリックス樹脂を1本の繊維が貫通して埋め込まれている場合の繊維に生ずる応力を計算している.いずれも,繊維に負荷される荷重の増分が繊維表面に生ずるせん断応力と比例し,せん断応力はマトリックスと繊維の変位の差に比例すると仮定している.
 F.L.Cox14)は円筒形マトリックスの軸上に存在する短繊維の場合に,一定ひずみが作用する条件下で,繊維中の荷重変化が,繊維とマトリックスの変位の差に比例すると考え,繊維の表面に生ずるせん断応力と垂直応力を計算している.この詳細については3章で述べる.
 
 C.T.Chon15)らは,円柱形複合材の軸方向に対して,傾いて埋め込まれている繊維に生ずる界面せん断応力分布を修正shear-lag法により計算している.shear-lag法は,複合材中の円柱形のマトリックス材料(さや状マトリックス)を仮定し,このマトリックスの中にマトリックス軸と繊維の中心軸が一致する繊維があるとき,生ずる界面せん断応力分布を計算する近似解モデルである.界面での接着は完全である,繊維間の相互干渉がない,繊維断面は円形,いずれの材料も等方弾性体,軸対称である仮定のもとにおいて,繊維に対しては,界面のせん断応力によってマトリックスから荷重が伝達される.円柱形マトリックス以外の部分には,あらかじめ計算された複合材料の弾性係数とポアソン比を適用して計算を行う.アスペクト比,繊維体積含有量などの導入によってさや状のマトリックスの寸法が消去される.宋16)らは繊維,界面層,マトリックス樹脂からなる3層円筒形モデルに一定引張ひずみ負荷と一定熱負荷が加えられている場合に,繊維端での応力伝達を考慮して繊維近傍の応力分布を弾性論に基づいて近似的に解析している.界面せん断強度が低い場合,繊維と表面処理層の界面でき裂が発生,成長し,界面せん断強度が高い場合は繊維近傍のマトリックス樹脂の塑性変形やせん断降伏によってき裂が進展する様相を予測できる結果を得ている.
 
 
試験条件の温度とひずみ速度の組み合わせを種々変えて実験を行い,ガラス短繊維複合材の破壊機構に及ぼす影響を調べたK.Friedrich1)の研究がある.ひずみ速度を横軸にと温度を縦軸にとり,破壊機構を表すと@マトリックスの降伏,繊維の剥離と引き抜け,Aマトリックスのぜい性破壊,繊維の剥離と引き抜け,Bマトリックスのぜい性破壊,繊維とマトリックスのぜい性的分離の3領域に区分して表すことができることを示したFig.1.5.また,K.Friedrichは,破壊機構に及ぼす繊維の配向の影響についても取り上げている.
 

Fig.1.5 複合材料の破壊形態に及ぼす温度とひずみ速度の影響
 
 環境の影響を調べた研究としては、3%H2SO410%HCl環境中におけるK.Friedrich1) の研究と0.6HCl溶液中におけるJ.N.Price17)の研究がある.J.N.Priceは,0.6N HCl水溶液中では,Eガラス繊維表面層のCaAlが酸中にイオンとなって溶け出し,ガラスの応力腐食割れが生じる.酸により繊維は劣化し,き裂伝播に対する抵抗は小さくなると報告している.
 
 
ガラス短繊維(Short Glass Fiber:以後SGFと略称)強化複合材の強度向上を目指して,多くの破壊靱性,疲労き裂伝播特性,破壊機構の解明,フラクトグラフィ的特徴等に関する研究がなされてきた18)22).短繊維強化プラスチックは強化繊維の含有率や配向分布に各種強度が依存するため研究の多くは,実用材を対象としSGF含有率と機械的性質疲労強度き裂伝播挙動との関係に力点をおいて研究されてきた.例えば東郷ら23)ガラス短繊維強化ポリカーボネイト(PC)を用いて繊維の配向および体積率が引張強度疲労き裂伝播特性におよぼす影響を調べガラス短繊維強化PCの引張強度ならびに疲労き裂伝播抵抗はPCのみより大であるが繊維体積率の影響は方位によって異なり平行な繊維では体積率とともに増加するが引張方向に垂直な繊維ではむしろ低下することを示した.百武ら24)平滑丸棒試験片を用いて疲労き裂の発生から進展に至る過程を連続的に観察しき裂の発生期間成長過程を明らかにし,疲労き裂進展の挙動をPC材の力学的特性によって説明した.
 
  D.S.Mat
sumoto25),M.T.Takemori26) らは,ポリカーボネイトの平滑試験片,切り欠き試験片を用いて,疲労き裂の進展機構を調べき裂先端領域の塑性域における微視的構造の機構について考察している.詳細については次節で述べる.
 
 
光干渉縞法を用いたき裂進展挙動の観察27)29)は,CT試験片として透明な高分子材料を用い,疲労き裂面に対して単色光を垂直に当て,き裂面上下の反射光の干渉縞を応用したものである.試験片が透明であるため、試験片内部における疲労き裂を連続的に観察できる利点があり,また,縞数,光源の波長,反射係数からき裂の開口変位を測定することができる.疲労き裂進展機構の解明の有力な手段となり広く用いられている.
 
 ウォータージェットは,ポンプの高圧化,高圧シーリングや耐圧ホースなどの周辺技術の発達とともに,高性能化し,部品・構造物等の各種物体の加工・洗浄といった広範囲の工業分野へその応用技術が発展しつつある30).ウォータージェットは直径0.1から1mm程度の細いビーム状の高速の水噴流であり,単位面積あたりの力学的エネルギーが極めて大きく,加工物に作用する力が局所的,衝撃的であるため,ハニカム構造のアルミニウム薄板,段ボール,積層布地の切断などの変形しやすい構造のものや軟質材料の加工に適している.加工点の温度が低いため安全であり,材料組織にも影響を与えないことから,ウオータージェットメスによる医療分野,有害な粉塵の散逸を防止できる原子炉解体等の分野へも応用されている.また,水を用いるため維持費も安く,所要動力も小さい.このように,広範囲な工業分野への応用が発展しつつある.近年,複合材の比強度が高いことから,複合材が,超音速で航行する航空機やジェットエンジンのコンプレッサーのブレードに応用されてきている.これらの稼働状態において,水滴が高速で材料表面に衝突し,損傷を受けることが問題になっている.D.A.Gorham31)らは,ウオータージェットを用いて高速で水滴を,炭素繊維/エポキシ樹脂とガラス繊維/エポキシ複合材に衝突させ,このとき生ずる破壊の様相と機構を考察している.高速な水滴が複合材に衝突することによって生ずる損傷機構の解明が重要となってきている.
 
2.研究目的
 
 
前述のように従来の研究の多くがSGF含有率と機械的性質疲労強度き裂伝播挙動との関係に力点をおいている.この場合,多量の短繊維を含有した実用材料を用いているので,含まれる繊維が障害となって材料は不透明となり,試験片内部で起こっている事象を連続的に把握できないのが普通である.したがって,この場合,表面観察や,破壊後に得られる破面のSEM観察などを基に破壊機構を推定することになる. しかし,表面で起こっている現象は,応力状態の違いなどによって内部の現象とは異なるものと思われるので,表面観察だけでは,変形機構の理解には不十分と考えられる.そこで試験表面近傍ばかりでなく,内部にあるSGFを観察可能である透明な熱可塑性高分子アクリロニトリルスチレン(AS),アクリル(PMMA)ポリカーボネイト材(PC)に極微少量のSGFを含んだ試験片を作成した.含有率が少ない複合材料では,複合則から予想されるように,複合化の効果は少なく,実用的ではない.しかし,透明であるため,試験片内部にあるSGFおよびその近傍の変形と破壊を連続的に観察できるという利点がある.
 
 複合材料のき裂伝播速度に対する抵抗が小さく
強度の点でばらつきが多く信頼性に欠ける原因として繊維とマトリックスの剥離接着破壊に着目した.ガラス繊維(Glass Fiber:以後,GFと呼ぶ)の場合,断面は一様であり,表面は平滑であるので,物理的な接着では余り効果的ではない.そこで,繊維表面と樹脂を強固に化学結合させ最適界面強度を得るのがカップリング剤である.シランカップリング剤はR'-Si(OR)3で示される化合物であり,OR基は加水分解によりシラノール基を生じてガラス表面のシラノール基と共有結合(Si-O-Si)が形成されるようなメトキシ基やエトキシ基であり,R'基は,ビニル基,メタクリル基,エポキシ基,アルキルアミノ基など樹脂と反応して,ガラスと樹脂の橋渡しをする官能基である.Fig.1.6には,GF表面へのシランカップリング剤の作用機構例を示すが,この機構には諸説が提案されており,未だ十分には解明されていないようである32)

Fig.1.6 樹脂,カップリング剤,繊維の化学結合の例32)
 
 一般に,繊維とマトリックスの接着性に及ぼす影響として,被着材と接着剤の組み合わせ,被着材の表面粗さが関係する接着表面の化学的処理効果,繊維とマトリックスの両方に接着性の良いシラン等のカップリング剤の処理効果が考えられる.いずれにしても,界面の機械的接着性と化学的接着性が関係し,複合材料の力学的特性に大きな影響を与える因子である.
 
 負荷ひずみと剥離長さの関係についてはC.Baillie33)の報告がある.彼らは比較的延性のあるマトリックスを用い,繊維を1本と2本埋め込んだ試験片に負荷を与え,剥離長さと数カ所で繊維が破断した場合,その破断した繊維の長さを調べた.剥離長さと負荷ひずみは比例する結果を得ている.本論文では,機械的接着性の問題に関連する剥離に着目し,ガラス短繊維強化複合材の強度向上を目的とし単調引張試験においては変形が進むに従い試験表面近傍ばかりでなく内部にあるSGFの近傍の変形がどのように生ずるかを詳細に観察し変形機構を明らかにする.また疲労試験においては変形過程を連続追跡観察を行い繊維とマトリックスの近傍の変形の様相を調べ疲労破壊機構を明らかにするものである.
 
 D.S.Matsumoto25),M.T.Takemori26) らは,ポリカーボネイト単体の平滑試験片,切り欠き試験片を用いて,疲労試験を行い,き裂の進展機構と疲労寿命に及ぼす温度の影響等を調べた.S−N曲線において高応力振幅(平面ひずみせん断支配型)と低応力振幅(クレイズ支配型)の変形機構の相違から寿命の逆転が生ずることを示した.疲労き裂の成長はき裂成長速度dc/dNと応力拡大係数Δkの間には,Parisの式,dc/dN= Δkm が成り立つが,T.Takemori26) は,PC材において,この式における限界応力拡大係数以下の応力拡大係数においても,き裂先端塑性領域にクレイズが形成されることによってき裂が進展し,この進展が潜伏期間を伴い,不連続的に生ずる証拠である不連続成長帯(Discontinuous Growth Band)を伴うことを報告している.この場合,き裂が伝播する際,εの文字状の微小せん断帯を伴う.本実験でのき裂成長試験においては,SGFの存在が,この不連続成長帯の形態にき裂成長の際,どのような影響を及ぼすかを調べる.また,SGFの混入により,変形機構がT.TakemoriのPC単体の結果と比較し、どのように異なるのか明らかにすることは複合材の基本的性質を知る上で重要である.
 
 K.Friedrich1)
は実用的な含有率のガラス短繊維複合材を用いて,破壊機構に及ぼす種々の条件下で実験を行った.ガラス繊維の配向は,スキン層で射出方向(Molding Flow Direction:以下, MFDと呼ぶ)と平行な場合が多く,コアー層でMFDと垂直な配向となる結果を得た.この2つの領域からCT試験片を切り出し,疲労試験を行い,き裂面と繊維が平行に配向したスキン層の場合(Fig.1.7),疲労き裂は,き裂先端領域における繊維端間あるいは繊維が集合した間に生じたクレイズやクラックとの合体,繊維の周りに生じた空孔の生成,繊維端に発生したクレイズ,き裂面と傾く繊維に沿って発生した剥離あるいは繊維の破断などの機構で進展することを示した.また,き裂面と繊維が垂直に配向したコアー層の場合(Fig.1.8)は,疲労き裂は,ジグザグに進展し,き裂先端領域では,せん断による剥離,繊維の引き抜け,繊維の破断繊維端の高応力集中によるクレイズの発生を伴うことを示した.試験温度とひずみ速度の影響については,ガラス転移温度以上の高温では,マトリックスは降伏を示し,繊維には剥離と引き抜けが生じる.室温,低ひずみ速度においては,マトリックスはぜい性的に破壊し,繊維には剥離と引き抜けが生じる.高ひずみ速度では,マトリックスはぜい性的に破壊し,繊維とマトリックスはぜい性的に分離が生ずる結果を得ている.本論文の場合は,繊維間の干渉がない程度の微少量のSGFであり,そのため,単調引張,引張疲労の場合に,試験片内部に単独に存在する負荷方向と平行,垂直あるいは傾いた繊維近傍の変形の様相を変形の初期から連続的に観察することができ,繊維近傍の基本的な変形機構の解明が期待できる.
 
 温度の影響に関する実験ではいずれもガラス遷移点以下の温度であるが,同様に,高温,低温の温度条件下での繊維近傍の変形の様相を詳細に観察し,温度により変形形態の温度依存性を明らかにする.
 

(a)

(b) (c) (d)
Fig.1.7 き裂伝播の様相,負荷方向と繊維が平行な配向の場合
(a) (b)  (c)

Fig.1. き裂伝播の様相,負荷方向と繊維が垂直な配向の場合
 J.N.Price17)は,0.6N HCl溶液中を用い,Eガラス繊維と複合材に及ぼす酸の影響を調べている.0.6N HCl溶液中に無負荷状態でEガラス繊維を浸した場合,数十時間後,らせん状の表面き裂,ランダムなき裂,表面の一部が欠落することを観察した.これは,ガラス中のCaAlが酸中にイオンとなって溶け出し,分子容の変化が生じた結果,表面層と酸に犯されていない繊維中心部間に応力分布が発生し,き裂が生ずると述べている.また,0.6N HCl溶液中でのCT試験片を用いた一定荷重負荷による応力腐食割れ試験により,き裂伝播の様相をフラクトグラフィ的に詳細に調べている.き裂が,き裂面に対して垂直な繊維に到達すると酸により繊維は劣化し,容易に繊維の破断が生ずる結果,き裂は負荷方向に垂直に成長し,破面は平滑なものとなることを報告している.本研究においては、試験片は平滑試験片であり,SGF含有量も少ない.SGFは酸により影響されると思われるが,試験片全体の性質に及ぼす影響は少ないことが予想される.3.5%HCl水溶液中における疲労試験では,酸環境の存在が,き裂伝播の機構にどのように影響するか,特にSGFに注目し,明らかにする.
 
 W.Döll27)らは,き裂進展と開口挙動を調べるため,供試材として透明高分子材料のDCBあるいはCT試験片を用い,光源として波長λの単色光を用い,この光をき裂面に垂直にあて,光干渉縞法によって,材料の屈折率を用いて,き裂先端近傍に形成されるクレイズから成る塑性変形領域の長さs(Dugdaleモデルにおけるs)と開口変位vを測定した.従来,き裂とGFの干渉を調べる研究は,破断後の試験片の破面観察,試験途中の表面観察などを通して行われてきたようである.試験片内部にあるGF近傍を直接観察して,その進展機構を微視的に調べた研究は無いと思われる.極微少量のGFを含有する透明高分子材料に,この光干渉縞法を適用して,GFとき裂の干渉などを観察し,複合材料のき裂挙動を調べる基礎データを提供することを目的としている.
 
 
ウォータージェットにより材料加工や洗浄に利用する場合に,その特性評価をするため,ノズルの形状,噴流の構造,物体に作用する衝撃圧の大きさや分布,材料の壊食の様相と時間的な変化などについて研究がなされてきた.一方,ジェットエンジンコンプレッサーのブレードに水滴が衝突あるいは超音速の飛行物体に雨滴が衝突することによる複合材の損傷機構の解明のための研究などがなされている.材料の力学的な観点から見ると,液体,水滴が高速で衝突する結果,材料にはパルス的な衝撃荷重が作用する.D.A.Gorham31) らは,ノズル径1.6mm,流速700m/s程度のウォータージェットを複合材に衝突させた場合に,材料には,約1500MPaの衝撃圧がs幅のパルスとして作用すると述べている.D.A.Gorham31) らは,流速700m/s程度のウォータージェットを複合材(GF/エポキシ,炭素繊維/エポキシ)に衝突させ,このときの破壊機構を調べている.彼らは,従来の研究から破壊の様相を分類すると,@衝撃圧を受けた領域の衝撃圧縮荷重による塑性流動,液滴がジェット外側に存在するためリング状のクラックの発生,円周方向破壊,A材料表面の状態が関係する衝突後の高速壁面流によるせん断的な作用,B衝突により生ずる応力波による破壊に分類することができるとしている.種々の材料に関して,損傷の様相の研究がなされている34),35)が,損傷機構に関しては不明な点が多く,損傷機構の破壊力学的解明は今後の課題とされている36).伊藤ら37)は,短繊維複合材にウォータージェットを衝突させた場合、試験片衝突面上のジェツトの衝撃圧分布と表面粗さ分布との関係,損傷形態の経時変化を画像処理法を用いて調べ、衝撃圧分布と表面粗さとの良い相関を得ている
 
 
本研究では,ウォータージェットを衝突させた場合の複合材料の損傷形態機構の解明のための基礎的研究を目的とする.そのため,損傷の形態の初期段階の様相を明らかにするために,比較的低い吐出圧力(P=6MPa)のもとで,実験を行った.この程度の吐出圧力では,試料を貫通するあるいは大変形の損傷は発生せず,比較的初期の損傷形態を把握することができる.そして,ジェット中心からの距離とともにどのように損傷形態が変化するかを詳細に調べる.また,短繊維複合材等の高分子材料は他の有機物質に対して敏感に反応するであろうから,ウォータージェットに用いる清水中に有機物質(潤滑用オイル)を微少量含有させた場合,一般に,油成分はクレイズ発生促進剤として作用するので,短繊維複合材のジェットによる損傷形態は清水のみの場合のそれと比較してかなり異質になると考えられる.清水のみの場合および清水中に微少油量が混入した場合でのジェットの衝突による潜伏期から加速期入口付近の状態におけるガラス短繊維強化プラスチック,特に母材であるポリカーボネイトの損傷形態と繊維との関係等をSEMにより観察し,その損傷形態を調べるとともに,この両者の損傷形態の相違についても示す.
 
参考文献
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